​絶え間なく液晶画面から放たれる青白い光と、
意味を持たない情報の奔流。

息の詰まるような現実の喧騒に
自我がすり減っていくのを感じた夜、
あなたはふと、
いつもの帰り道から外れた
薄暗い路地へと足を踏み入れた。

​ガス灯のように頼りない街灯が
濡れた石畳を照らしている。

冷たい夜気に混じって、
どこからか古びたインクと、
微かな没薬(ミルラ)の
甘く退廃的な香りが漂ってきた。
その香りに手繰り寄せられるように奥へ進むと、
蔦に半ば覆われた
重厚なオーク材の扉がひっそりと佇んでいる。

​真鍮のプレートには、
流麗な文字でこう刻まれていた。

『秘密の紙片庫 恵 -Megumi-』

​冷たいドアノブに手を掛け、押し開ける。

チリン、と歪な音を立てて鐘が鳴ると、
そこは時間が澱んだように
静まり返った異界だった。

​壁一面を覆うアンティークの木製棚。
そこに敷き詰められているのは、
美しいけれど、
どこかオカシな毒気を孕んだ紙片たち。

純白の紙に刻まれた、重厚な色彩と緻密な陰影。
植物と生き物が絡み合い、
アンティークの枠組みの中で
奇妙な共犯関係を結んでいる。

隣のガラスケースには、
幾星霜の時を経たような紙の束が、
鈍く光る鍵とともに積み重なっていた。
それらはただの紙切れではなく、
かつて誰かが強い念を込めて封印した
「呪物」のようでもあった。

​「……ようこそ。
あなたの魂が、少しだけ休まる場所へ」

​声のする方へ視線をやると、
深淵の黒を纏った衣が仄暗い影の中に揺れていた。
タフな綿の質感でありながら、
どこか貴族的な余裕を感じさせるその黒衣は、
この空間の主が纏うものなのか、
それとも次なる所有者を待つ抜け殻なのか。

​あなたは魅入られたように、
一枚の紙を手に取る。

指先に伝わる確かな厚み。
じっと見つめていると、
緻密に描かれたモチーフたちが
今にも動き出しそうに錯覚する。
日常のストレスも、明日への不安も、
この濃密なインクの海に溶けて消えていく。

​気づけば、あなたは
自身の部屋のデスクに座っていた。

時計の針は深夜を指している。
夢だったのだろうか。

しかし、手元には
あの没薬の香りを纏った美しい紙片と、
何かに深く没頭した後のような、
心地よい疲労感だけが確かに残っていた。

​この「美しい毒」は、
乾ききった日常を生き抜くための、
あなただけの極秘の特効薬。

​次にあの扉が開くのは、毎月20日の夜、21時。

月が満ちるように、
あなたの心の準備が整ったとき、
異界への扉は再びその鍵穴を現すだろう。

あなたはこの紙片庫の信奉者として
心の渇きを埋めるべく待ち続けるのだ。

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— 異界の扉が開く時間 —

毎月20日 21:00 〜 月末 23:59

翌月1日より、順次移送(配送)開始
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